彼の沖縄文化論は読んだことがありますし、渋谷マークシティに飾られているの『明日の神話』を見たこともあります。青山にある『岡本太郎記念館』に行ったこともあります。けれども、私の中ではそこまで何かが燃え上がったということはありませんでした。何も感じなかったのです。面白いなと思いましたが、熱を全く感知できなかったのです。
ここにきて、今日の芸術という本を読んでみようという気になったのは、先日、大阪で太陽の塔を見てきてからです。もう、これが本当に素晴らしい。ここで初めて岡本太郎という芸術が心の中にズドンと押し入ってきました。
1970年の大阪万博に建造された巨大な塔が、なぜ今でも多くの人の心を惹きつけて止まないか。太陽の塔は決して美しくはありません。美しさというよりは孤独な力強さ、不機嫌さを前面に出しています。この謎を解いてみたい、その心根の部分がどうなっているのかを知りたいと思い、この本を読むに至りました。
機械がモノを美しく仕上げる時代
産業革命以来、美しく表現する技術というのは機械がやってくれるようになりました。伝統工芸品も工場で廉価で模造品が作れますし、写真もそうです。今ならアドビ社が出しているPhotoshopなんかがいい例ですね。
つまり、上手くて、恰好良くて、優れているものは全て機械がやってくれる。こちらは指示を出すだけ。そこに芸術の行き詰まりがあり、打破しなければならない課題があるとも言えると彼は述べています。
芸術は神々の権威から、王侯貴族に移り、市民階級まで降りてきて、さらにこれから多くの人たちのものになるであろうと彼は予言しています。そのきっかけを与えたのは、あのジョブズでしょう。
ジョブズがもたらしたのは万人が表現者になる可能性
iPhoneの登場は多くの人のライフスタイルをいい意味でも悪い意味でも劇的に変えました。いい意味というのは、万人が表現者になる可能性です。この端末を持っていれば、誰でも世界に向けて作品が発表出来るようになったのです。
その動きはスマートフォンと抜群の相性を持つSNSで特に顕著です。Twitterで詩人になったり、Instagramで写真を掲載し写真家になったり、Pixivで絵をアップして画家になったり、Vineで動画を投稿して映画監督になったりと、ありとあらゆる表現が可能になっています。
銀座で何百万円もかけてわざわざ個展を開かなくても、端末のなかでいつもで個展がひらけるのです。もちろん、ナマの作品を直に見せることに意義があると反論されるかもしれませんが、そういうことをではなくて、ネットに接続さえしていれば好きな時に好きなように作品が発表出来るというのが、ものすごい革命的なことなんだと、私は思うのです。
悪い意味でいうと、受け取るばかりになってしまったとも言えるかもしれません。怒涛のごとく押し寄せるコンテンツの波に飲み込まれて、消費するだけで人生があっという間に終わる可能性もあるということです。
この点は岡本太郎も警鐘を鳴らしています。野球を見て応援しているチームが勝って胸がスーッとした。でもホームランを打ったのはあなたじゃない。テレビを見て大いに笑った。でもその芸をあなたが持っているわけじゃない。自己が外側から侵食されていく虚しさを多くの人は認識しないと。
外から汲み出すのではなく、自分の内部から精神的な高揚を引き出せ!引き出せ!と彼は言います。
秘仏御開帳の違和感
一時期、私は仏像というものにハマっていまして、上野で仏像展があれば出かけ、京都や鎌倉などにも仏像を観にいったりしていました。そこで一つどうしても納得いかないことがあったのです。
特定の時期に限って公開される「秘仏」というやり方です。また、秘仏でなくても寺の奥の方に安置されて顔がよく見えないものもあります。うっすらと照明がかかって、ありがたい雰囲気をかもしだしているようなお寺。はっきり言って大嫌いです。
仏像は文化遺産、芸術作品として鑑賞するものと私は考えています。現代人はもはや拝む対象のものとして考えていません。多くのお寺が観光地化されていることを考えると納得していただけるかなとも思います。
この秘仏御開帳というやり方は、岡本太郎風にいうと、訪れた人の自尊心を満足させるだけのいやったらしいやり口だなぁなんて思うのです。
日本の芸術は素晴らしいんだ!浮世絵は世界の名だたる画家たちに多大な影響を残したんだ!と今でもさかんに言われていますが、この作品を直に鑑賞する機会に多くの日本人は恵まれていないんだと彼は嘆きます。今はだいぶ良くなったと思いますが。
校長先生は子供に絵を学ぶ
芸術教育への言及が特に興味深い内容でした。学校の校長先生は、小学生の中にまじって一緒に絵を描いて子供達に学ぶべきだ、そうすることで教師と生徒の間に太い絆が出来るはずだと、彼は述べています。
まったく、その通りです。権威というのは上から落ちてくるだけではダメなのです。相互の信頼があって初めて権威というのは正しく機能するのではないかと感じました。
丁寧に紐解いてくれる芸術論
この本全部面白いんです。ちゃんと彼なりのロジックがあって、「今日の芸術は、うまくあってはならない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない」という考え方がとても丁寧に説明されています。逆説を述べているのではなくて、時代背景や日本人の文化などにちゃんとフォーカスして、芸術論を展開していきます。
私はあなたにこれを説明したいんだ!という気持ちがひしひしと伝わってくるのです。岡本太郎は「芸術は爆発だ!」と雄叫びを上げた風変わりな芸術家ではありません。やはり時代の先駆者であったのでしょう。そうでなければ、大阪にあの不機嫌な顔をした太陽の塔が今でも残っているはずがありません。
是非、読んでみてください。私は彼を本当に好きになりました。