子供が読んでも、大人が読んでも面白い作品というのはそうありません。
スウィフトのガリバー旅行記はそういった視点からも、稀有な作品と言えるでしょう。
社会風刺をこんなにファンタスティックに描く作家というのはまず例がないでしょうね。
小人の国で囚われの身となる冒険家ガリバーの挿絵はあまりにも有名ですが、これはガリバー旅行記を構成する7つの話の1つに過ぎません。
ジブリで有名になったラピュタや、不死の国、馬の国(ヤフー)などなど、読者を飽きさせません。
未来を予見したガリバー旅行記
1726年(完全版は1735年)に出版された、ガリバー旅行記は当時でも大変な人気を博し、「内閣評議会から子供部屋に至るまで、この本はあらゆる場所で読まれている」と評されるほど。
ガリバー旅行記は、当時のイギリス人の社会や慣習を風刺した作品と言われることが多いですが、各章ではそれぞれ明確なテーマを持って語られていることがわかってきています。
これは私見ですが、各章ではそれぞれ兵器と政治、戦争の愚かさ、人工知能、高齢化社会、宗教問題、野蛮人と化した人類など、本作には予見されていた感じられる箇所が多いです。
もちろん、当時のイギリス社会がそれほど進んでいたとも言えそうです。
作者のスウィフトって誰?
ジョナサン・スウィフト(1667年11月30日 – 1745年10月19日)は、イングランド系アイルランド人。
諷刺作家、随筆家、詩人、および司祭。
多作な作家で、『ガリヴァー旅行記』の他に、『穏健なる提案』・『ステラへの消息』・『ドレイピア書簡』・『書物合戦』・『桶物語』などがあります。
1976年から発行されていたアイルランドの10ポンド紙幣に肖像が使用されるほど、イギリス散文文学においては巨匠の一人。
聖職者でありながら、政界との深い関わりもある野心的な一面も。
すぐれた論客であり、癇癪持ちであったとも言われています。晩年は精神を病み、その鋭敏な会話能力も失いその生涯を終えました。
1.小人の国とガリバーという巨人兵器
ガリバー旅行記で、一番有名なお話。
6インチ(15センチ)小人たちが住む国。小人たちが住む、リリパット国とブレフスキュ国は、長い間交戦下にあり、巨人ガリバーが登場することで、そのパワーバランスが崩壊。
リリパット国側についたガリバーは、敵国であるブレフスキュ国の艦隊を全て拿捕することで戦争を解決。
しかし、リリパット国王はそれでも飽き足らず、相手国を属領とすべくガリバーを巨人兵器として使用しようと目論むが、ガリバーがこれを拒否。呆れて国を離れる。
ナウシカが好きなら、あの巨神兵を想起させますよね。
強力な兵器の登場という事件に垣間見えるのは、人の欲がどれほど底なしであるかということを教えてくれます。
ちなみに人類が開発した史上最大の水素爆弾は旧ソヴィエト連邦の「ツァーリ・ボンバ」。
50メガトン(Mt;広島型原爆の約3,300倍、第二次世界大戦で使用された全爆薬の10倍)の核出力を誇ると言われています。
2.巨人の国と兵器性能を語る愚かしさ
続いてガリヴァーは、巨人の王国ブロブディンナグ国に上陸。
ここでのガリバーの立場は1話目と逆転。相手は身長60フィート(18m)。
この国の王妃に非常に愛されると同時にオモチャのように取り扱われる。
しかし、ガリバー自身のイギリス国民としてのプライドがそれを許さず、イギリス社会のギリスの社会、戦争、司法、金融制度に関わるあらゆる事柄を国王に雄弁に語ります。
ついにガリバーが、火薬の製法方法を提案しようとすると、国王は呆れ返ります。
ここは面白いので引用しますね。
国王はすっかり、仰天してしまわれたようです。そして呆れ返った顔つきで、こう仰せになりました。
「よくもお前のような、ちっぽけな、虫けらのような動物が、そんな鬼、畜生にも等しい考えを抱けるものだ。
それに、そんなむごたらしい有様を見ても、お前はまるで平気でなんともない顔をしていられるのか。
お前はその人殺し機械をさも自慢げに話すが、そんな機械の発明こそは、人類の敵か、悪魔の仲間のやることにちがいない。
そんな、けがらわしい奴の秘密は、たとえこの王国の半分をなくしても、余は知りたくないのだ。
だから、お前も、もし生命が惜しければ、二度ともうそんなことを申すな。」
3.飛ぶ島(ラピュタ)と人工知能
漂流中のガリバーを助けた巨大な「飛ぶ島」ラピュタは、日本のはるか東にある島国バルニバービの首都で国王の宮廷。
底に連結された巨大な天然磁石の磁力によって、磁鉄鉱の豊富なバルニバービ国の領空を自在に移動することができる。
ラピュタの市民は、全て科学者。
強力な軍事力で、下界を支配しています。
ラピュタの名前の由来は、作中では「高い統率者」ないしは「太陽の翼」とされています。
「高い統率者」とは嫌な言葉ですね。最近話題の人工知能を彷彿とさせます。
実は、ガリバーが予見した通り、日本に磁力で浮くミニなラピュタが続々と建造中なのです。その名もAir Bonsai!
$200からスターターキットが買えるみたいです。
Air Bonsaiサイトはこちら
4.幽霊の島とアンドロイド
ガリバーは、小島グラブダブドリッブへ旅し、魔法使いと遭遇。
魔法使いは降霊術を使って死者をよみがえらせることが可能。
ガリバーは好奇心から、歴史上の偉人を呼び出してもらい、その結果彼らがいかに堕落した不快な人物であったかを知り失望。
映画をはじめとして動画というのは、降霊術で死者を蘇らせるテクノロジーといえるかもしれません。
もし、人の一生をデータとして集積させ、人工知能と融合させれば、私が「考え出しそうな」着想や発言をすることが近い将来可能になりそうですね。
5.不死の国と超高齢化社会
次にガリバーは、ラグナグ王国に到着。不死人間ストラルドブラグの噂を聞き「世界一幸福な人々」だと胸を踊らせる。
しかし、不死人間ストラルドブラグは、『不死ではあるが不老』ではないため、老衰から逃れることは出来ず。。。
日々の体の不自由に愚痴を延々こぼし、歳を取った結果、低俗極まりない人間になっていく。
しかも、国からは80歳で法的に死者とされ、以後どこまでも老いさらばえたまま世間から厄介者扱いされている悲惨な状況を知る。
結局、ガリバーは一連の旅で「この不死人間の姿ほど恐ろしいものを、私はまだ見たことはない」と結論付けることになる。
59歳でこの作品を発表したスウィフトは、それからおよそ20年後の1745年、自ら老人性認知症と疑われる状態に陥りました。こ
こでの描写は、認知症の特徴に似ていると言われています。
2015年1月厚生労働省に発表された内容によると、日本国内の2025年の認知症患者は、700万人を超えるとの推計が発表されています。
6.日本と踏み絵
ラグナグ王国を出航。日本の江戸で日本の皇帝(将軍?)に拝謁。
オランダ人に課せられる踏絵の儀式を免除して欲しいとの申し出をし受け入れられる。
ガリバーは、長崎まで護送され6月9日オランダ船で出港しイギリスに帰国する。
この時代の宗教問題を扱った遠藤周作の「沈黙」が2016年にスコセッシ監督によりハリウッド映画化されます。
キャスト一覧だけで胸が躍ります。
- キチジロー:窪塚洋介
- 井上筑後守 :イッセー尾形
- 通詞:浅野忠信
- イチゾウ:笈田ヨシ
- モキチ : 塚本晋也
- 伴天連の村人:加瀬亮、小松菜奈
- 僧侶:中村 嘉葎雄
7.馬の国とYahoo!
最終話では、馬の姿をした種族フウイヌムに出会う。
彼らは理性を最上のもとし、平和で合理的な社会を保っている。
その一方で、官僚的な側面もあり、カースト制度に似た風習を保持。
この国では、馬のフウイヌムと対比される野蛮人ヤフーも住んでいる。
人間の姿に近いヤフーは、毛むくじゃらで、凶暴で、ある種のアルコール中毒で、無益な輝く石を奪い合い、もうどうしようもない感じ。。。
馬の姿をしたフウイヌムが人間ガリバーに対して激昂した箇所を引用すます。
私は軍事について少しは知っていましたので、大砲とか、小銃とか、弾丸、火薬、剣、軍艦、それから、攻撃、砲撃、追撃、破壊など、そういう事柄をいろいろ説明してやりました。
「私はわが国の軍隊が、百人からの敵を囲んで、これを一ぺんに木っ葉みじんに吹き飛ばしてしまうところも、見たことがあります。また、数百人の人が、船と一しょに吹き上げられるのも見ました。雲の間から死体がバラバラ降って来るのを見て、多くの人は万歳と叫んでいました。」
こんなふうに私はもっとしゃべろうとしていると、主人がいきなり、「黙れ。」と言いました。
「なるほど、ヤフーのことなら、今お前が言ったような、そんな忌まわしいこともやりそうだ。ヤフーの智恵と力が、その悪心と一しょになれば、できることだろう。」
主人は私の話を聞いて、非常に心が乱され、そして、私の種族を前よりもっと嫌うのでした。
Yahoo! と言えば知らない人はいないと思いますが、開発者たちが自分たちを、フウイヌム国に登場する種族ヤフーと呼んだことに由来するそうです。皮肉の効きすぎた命名。
この立場の逆転というのは、映画猿の惑星でも鮮明に描かれていますね。
ガリバー旅行記、真剣なユーモアを含んだ素晴らしいお話です。是非、読んでみてください。