ボタニカルアートのすすめ
スマートフォンやコンデジの普及で写真を趣味とする人は増えてきました。
でも、写真撮影そのものがあまりにも気軽過ぎて、SNSに投稿してもパッとしないし、プリントアウトして飾るなんてことももう誰もしないですよね。。。
自分で手軽に作って飾れるものという点で、植物画を趣味とする人がもっと増えてもいいのではないかと思うのです。
植物画は身近な植物をその手本とするため、敷居は低く、少ない労力で絵が美しく仕上がるジャンルと言えます。
また、安価で数少ない画材で手軽に始められるのもその魅力。
スマホのように数年おきに最新機種を買う必要もないですから。
完成品した絵は額装してインテリアとしても飾れるのもいいですね。
ボタニカルアートとは?
ボタニカル(botanical=植物の、植物学の)にアート(Art=美術)という言葉が合わさったものです。
要は植物画です。
ボタニカルアートとはカメラがまだ無かった時代に、植物を見分けるために生まれた図譜がその起源。
サイエンスアートとしての趣があるジャンル。
ですので描き方にもルールがあります。
ボタニカルアートの2つのポイント
- 植物は特定の種類のみ
- 植物のみを描く
1.植物は特定の種類のみ
簡単に言ってしまうと、1枚の画用紙に1種の植物しか描かないというスタイルです。
バラならバラのみ、イチゴならイチゴのみしか描かないというのがポイント。
ブーケなど複数の植物の「種」があるようなものは描かないなということです。
これは描いてはいけないということではなくて、サイエンスアートとしての雰囲気が損なわれてしまうのと、複数の植物を描くのは難易度が上がってしまうため。
さらに言えば、一輪、一房くらいがいいでしょう。たった一輪でも、存在感は十分だと思います。
2.植物のみを描く
ボタニカルアート=サイエンスアートですので、余計な要素は極力排除します。
要は、花瓶や植木鉢、背景などを描かないということです。
シンプルに植物のみを描くということに注力すれば、人工物を同時に描くわずらわしさもありません。
また、植物の色彩設計は完璧ですので、色彩バランスが崩れるということもありません。
むしろ、白い画用紙の余白が植物を引き立たせてくれます。
必要な道具
- 固形水彩24色セット
- ウォーターブラシ(細筆)
- マルマン画用紙
- シャープペン(H)
- 消しゴム
- 布
画材屋で必要なものは固形水彩の絵の具と筆くらいです。あとは文房具屋で売っているもので十分。
固形水彩24色セット
私はレンブラント固形水彩24色セットを使用しています。
単色で塗り重ねた時の重量感や、グリーン系のバリエーションが豊富(緑系だけで4色)ですので、植物画にも適した24色ではないかと感じています。
上の画像はフタを閉じた時のものです。パレットを閉じた時の高級感もなかなかのもの。
裏面にはちゃんと指を差し込む輪っかがあるので、携帯性に優れています。
また、多くの固形水彩セットがプラスチック製なのに対して、金属なのもいいです。
固形水彩なので、絵の具の減りも遅く、これだけでA4サイズ数百枚は描けると思います。
また、パレット内にさらに2色付け足すスペースがあるので、使ってみて必要な色を後で個別に購入できる作りになってるのも凄いなぁと感心しています。
ウォーターブラシ
ステッドラー ウォーターブラシを利用しています。
柄の部分に水を入れた後、軸部分を押せば筆先が濡れるので、とても便利な筆です。
筆洗い用のビンを用意する必要がないのが最大のメリット。
筆先に着いた絵の具を本体の水タンク部分を押すと中の水分が出てくるので筆先の絵の具を布で拭き取るだけ。
画用紙
品質、価格、入手のし易さの3点すべてを満たしてくれているマルマンのスケッチブックで十分。
サイズの種類もたくさんあるので、お好みのものを近くの文房具店で買ってくださいね。私は、S120(352mm×251mm)やS115(420mm×297mm)を愛用しています。
シャープペン(H)
シャープペンの濃さはHが望ましいです。理由としては、薄く綺麗な線が描けることと、色を付けた時にも画用紙上で色が濁ることがないためです。
B系の濃さは粒子が粗いため、色を付ける時に画用紙を汚してしまうことがあるので注意が必要です。
描き方 3ステップ
- 描く植物を決める
- シャープペンで下書き
- 色つけ
1.植物を決める
最初は色がはっきりしていて形状が単純な植物がいいでしょう。今回は色が強く花弁や茎の形状がシンプルなダリヤをモチーフとします。
現在は、スマートフォンでも高精細な写真を撮ることが出来ますので、花屋さんで購入した植物や道端に咲く草花を撮影してタブレットで表示させて描くというのもいいと思います。
サイエンスアートですから。
白い花は初心者にとって難易度が高い植物です。
基本的に水彩画は白い面や光が当たっている箇所を塗りません。
白い箇所を塗らずに残すことで光彩を表現するためです。
2.シャープペンで下書き
デッサンとは違うので、Hの濃さのシャープペンで植物のフチを描いていきます。
影も水彩で表現しますので、あくまでも輪郭のみを描きます。
植物の設計図を描くといった意識で描くといいかもしれません。
3.色つけ
いきなり色を付けていくのではなく、紙の切れ端に色を載せて、色を確かめてから色を付けていきましょう。
赤や緑でも様々な色のトーンがあります。
塗る時は色を薄く塗っていきます。
薄いセロハン重ねるような感覚で一度薄く塗ります。
同じ箇所を何度も塗り重ねたい気持ちをぐっと堪えて、完全に画用紙が乾くまで同じ箇所は塗り重ねません。
理由としては、同じ箇所をなども塗ってしまうと、意図しないにじみが出てしまい、色が濁ってしまうためです。
また、乾いてから違う色を上から塗ると最初に塗られた色が下から輝き出て美しい色を生み出してくれます。
薄く塗って乾かす、薄く塗って乾かすの繰り返しです。
サイエンスアート 植物画の起源
植物画の起源は医療
植物画と言われると、写真技術が発明される前に必要とされた図譜だということは漠然と想像がつきますが、それが一体いつ頃から盛んになったのかを少しご紹介していきましょう。
海外の植物図譜の起源はすでに古代エジプトや中国にありましたが、基本的には薬草などを見分けるために描かれたものが植物画のはじまりとされています。
当時が薬と言えば薬草だったので、医療の観点から薬物を研究する学問を「本草学」と呼んでいました。
つまり医学がスタート地点だったわけですね。
サイエンスアートと言われる所以はここにあるのです。
ですから、植物画を含めた本草学の分野の時代に生きた医師たちは、同時に絵描きでもありました。
医者がその仕事の中で絵を描くというのはとても興味深いことです。
ちなみに、英語doctor(ドクター)には、医者と博士のふたつの意味があります。これはdocの語源が教える、治療するという意味が含まれているためです。
西欧哲学の概念において「真・善・美」はかつて一体でしたが、本草学の分野においては、「真(医療)・美(芸術)」が一つだったのです。
西欧の本草学(植物学)の起源は紀元前300年頃、万学の祖アリストテレスまで遡ります。
自然学を体系化し、ことに生物学の分野では、感覚と運動能力をもつ生物を「動物」、もたない生物を「植物」に二分する生物の分類法をすでに提示しています。
こういった類の概念を紀元前に提唱していたことは驚くべきことで、イルカを哺乳類として分類したのもアリストテレスが最初と言われています。
医療から芸術へ
15世紀になるとルネッサンスの勃興とともに、本草学の分野でも、ありのままの細密で正確な「真写」が描き手に要求されます。
この点はやはり西欧の特有の冷静な観点を素晴らしく感じます。
ルネッサンス以降は、植物画の芸術性が評価されるようになり、本草学から分離していきます。
そして、1800年代にバラの画家ピエール=ジョゼフ・ルドゥーテの登場でボタニカルアートという芸術分野が確固たるものになります。
日本でのボタニカルアートの歴史
さて、日本はどうだったかというと、江戸時代の中期(18世紀中頃)に大きな変化を迎えます。
それまで江戸時代の絵画界は、幕府や諸大名の御用絵師である狩野派が隆盛を極め、基本的には和漢のテンプレートデザインをお手本としてそれをひたすら模写するということを延々とつづけていました。
しかし、日本でもこの古い習慣を打ち破り、ありのままの絵を描くべきだと主張する絵師たちが登場します。それが、円山応挙と伊藤若冲です。ここにきて、日本の動植物画は一気に進展していきます。
医学の本草学から植物学への転換を促したのは、蘭学者の宇田川榕菴(うだがわ ようあん)です。日本で初めて西洋の植物学を紹介。1822年に『菩多尼訶経』(ぼたにかきょう)を出版。
日本人によるオリジナルの植物図譜の祖と言えば、岩崎灌園(いわさき かんえん)の『本草図譜(1828年)』と飯沼慾斎(いいぬま よくさい)の『草木図説(1874年)』の二つが名高いです。
こうして俯瞰していくと、1800年代というのボタニカルアートの礎を築いた年代と言ってもいいかもしれません。
植物画と言えばやはりバラ。天才画家・ルドゥーテの『バラ図譜』
植物画でもっとも好んで描かれるものと言えば、やはりバラでしょう。
バラと人との関係は、メソポタミア文明(紀元前5000年頃)からだと言われています。
他にも、クレオパトラのバラ好きは有名な話ですし、ローマ帝国ではバラ園を作ることに熱を上げ、アメリカではもっとも古い観賞用植物とされています。
ただ、私たちが想像するバラの原産国はフランスです。
ラ・フランス(洋梨ではありません)と称されたバラは1867年に育種家ジャン=バティスト・ギヨ・フィスによって発表されました。
ピンクの花弁は45枚とも言われ、幾重にも重なる大輪。香りが強くフルーティー。
ラ・フランス誕生以前のバラを「オールドローズ」、誕生以降のバラを「モダンローズ」と称しています。
植物画の世界でも大きな動きがありました。
ベルギーの画家で植物学者のピエール=ジョゼフ・ルドゥーテの登場です。
「バラの画家」「花の画家」として知られています。 ナポレオン1世の皇后ジョゼフィーヌがマルメゾン城にバラ園を出入りの許可を得て、ルドゥーテはマルメゾン城のバラや他の植物の絵を描くようになりました。
ルドゥーテはいくつかの植物図譜を遺していますが、その中でも169種のバラが精密に描かれた「バラ図譜(Les Roses)」は最高傑作と言われています。
眺めているだけで幸せな気分にさせてくれる魔法の本。