やる気の空焚き

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やる気の空焚き

ついにこの日がやってきました。STUDYPLUSの勉強ログを見ると一目瞭然。私のやる気が明らかに減退しています。待ちに待った日と言っても過言ではありません。なんといっても、これは自分自身が無意識に発しているサインのグラフということですから。一度こうなったら、ずるずると勉強時間が落ちていきます。
20131123
STUDYPLUSを2012年の5月からやってきて、こう現象に陥ったユーザーをそれこそ100名以上見てきたのでまず間違いありません。このまま行けば間違いなく私も落ちます。

やる気がどこから来るかよくわかってない

さて、ひとつずつ整理出来ると思えるところから話を進めていきましょう。あるSTUDYPLUSのユーザーさんと「やる気」について意見を交換したことがあります。そこで気付いたことは、
そもそもやる気がどこから来るかなんて実はよくわかっていないんじゃないかという考えです。

ライフハック的な、自己啓発的な話はそれこそ経済ニュースと同じくらい毎日どっさり配信されていますが、常にエネルギッシュでポジティブな人というのは、いつまで経ってもレアケースなんですよね。そう、すごく稀なケースなんです。このレアな人たちは三日坊主に捕まった人を蔑むように叱咤激励します。

でも、その人たちの「やる気」と私の「やる気」とは全く別モノです。人間ひとりひとりに強烈な個性の差異があるように、その中で育まれる「やる気」というのも、やはり全く特殊な「個性の結晶」なのだと思わずにはいられません。

STUDYPLUSとは勉強を記録・共有する勉強SNSを指します。

STUDYPLUSを去った人びと

退会や休止を宣言したユーザーたちには、いくつかの代表的な理由があります。前向きなものあれば、後ろ向きなもの。でも、それが休止なのか挫折なのか卒業なのかを見分ける事は私には出来ません。

ある人はやる気が尽きて去っていきます。
ある人は達成不可能な目標を修正出来ずに去っていきます。
ある人は勉強の再定義を宣言して去っていきます。
ある人は自分の目標にさらに邁進するために去っていきます。
ある人は人生の転機が訪れて去っていきます。

私自身の置かれている状況も多かれ少なかれ、全て該当しちゃっていますね。そういう時機が訪れているのだと思っています。

公開ブログの宿命

さて、勉強ペースの劇的な減退ですが、理由のひとつはこのブログにあると考えています。モチベーションを維持するために作ったブログが、自分の足を引っ張るなんてことがあるんでしょうか。

ネットの世界につながっている以上、アクセス出来る端末さえ持っていれば誰でもこのブログは誰でも閲覧可能です。自己満足な記事で偏った内容だということは重々承知していますが、それでも毎日びっくりするくらいのアクセスがあります。「見られている」と思うと、記事を書く時にそれを意識しなければいけません。そんな状況に本音が後ずさりして、書けない部分も出てきてしまいます。

その無意識の火力がわたしのやかんに入っている本当の目的意識をじゃんじゃん蒸発させているのではないかと思っているのです。これが「やる気の空焚き」です。この病の処方箋はなんでしょう?

やる気の空焚き

さて、やる気の空焚きが続くとどうなるでしょうか? 中の水分が蒸発しきって空になると、最初にやかんという「器」を痛めます。これでも火を止めない場合は、どうなるでしょうか。火事になりますよね。そう人生全体が真っ黒に焦げるのです。ちょっと恐い話になってきました。

「鬱」という言葉があります。五木寛之氏の著書の中で、この鬱について言及している箇所があったので、引用させていただきます。

鬱蒼(うっそう)と茂るという言葉のように本来「鬱」というのは、エネルギーにあふれている状態を指すとの事。無気力な人は鬱(うつ)にはならない。出口を塞がれている中で、発酵するものが鬱(うつ)だ。とこう述べています。ここでいう「鬱」とはうつ状態であり、鬱病のことではないと考えています。

私が言っている「やる気の空焚き」と「うつ状態」とはニアリーイコールです。

やる気は相反する要素から出来ている

さて、トンデモ理論のお時間です。やる気というのは、火と水のように相反する要素で出来ており、それを仲介するやかんという「心」によって初めて運用することが出来る非常に稀有なものだと私は考えています。生きている限り、火は常に付いています。個々において火力の差があるとは言え、それが消えることはありません。あとは、水をどこから汲んでくるかが問題です。枯れる源泉もあれば、新しい源泉もあります。

やかんに雨水を貯めるような気持ちで

古くからある源泉の水は濁り、新しい源泉を探す力が今の私にはあまり残っていません。やかんという「器」に入れる水が今は無いのです。ただ、ここまで歩みを進められたのは、ブログやSTUDYPLUSの仲間いたのも事実です。強いて言えば、この記事がひとつの処方箋かもしれないですね。

やかんに雨水を貯めるような気持ちで、これからも歩みを進めていこうと思っています。








“おやゆび文鳥”

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