自分探し紙芝居 十牛図(じゅうぎゅうず)

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自分探し紙芝居 十牛図(じゅうぎゅうず)

牛飼いがいなくなってしまった牛(本当の自分)を探すお話です。この牛を探す過程が10枚の絵で表されているので十牛図(じゅうぎゅうず)と呼ばれています。

まるで紙芝居ですね。

最近の子供たちは、紙芝居を見る機会ってあるのかな。

仏教の禅の思想を表したものと言われています。

冒頭の絵はアルプスチックですが、気にしないでください。

1.尋牛(じんぎゅう)

牛がいなくなりました
「オラの大事な牛さいなくなっただぁ。誰か知らねーかぁー」(やまびこ:知らねーよぉー)
「大切なものを無くすと、オラの仲良しだった鳥や山や草っ原が急によそよそしく見えちまうんだなぁ。夜もふけちまったし。はぁ、ホント辛い」

2.見跡(けんせき)

牛の足跡を見つけます
「誰もオラの牛を知らんとは。。。どこへ行ったかもさっぱりわからねぇ。でも、牛もやっぱり生き物だ。地に足付けて生きているってことは、クソなり足跡なりあるだろ。まずはそっからだ!
おっ!足跡がある。これもしかして、オラんとこの牛じゃねぇか」

3.見牛(けんぎゅう)

牛を見つけます

「見つけた!見つけた!オラんとこの牛!!さてさて、どうやって連れて帰るかなぁ。
一度オラんとこを離れた牛っこは、半分野生に戻ってるからなぁ、ちっと手強いぞ」

4.得牛(とくぎゅう)

牛を捕まえます
「それでもやっぱりオラの牛!縄を投げて、強引にでも連れて帰るべ!
鳴くな、鳴くな、オラだってもうクタクタで泣きたいんだ」

5.牧牛(ぼくぎゅう)

少々手荒ですが、牛と一緒に帰ります
「村に一緒に帰るべ。暴れてもダメだぞ。しっかり縄を巻きつけておいたからな。オラにとって、大切な牛だが、油断ならねぇ牛でもある」

6.騎牛帰家(きぎゅうきか)

牛と仲良くなります
「なになに、オラを背中に乗せてくれるって!?気が効くじゃねぇか。もうすぐ、オラ達の家だぞ」

7.忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん)

牛がすーっと消えます
「あー、やっと家に着いた。あれ!? どうした、牛っこ。あ、牛っこがどんどん薄くなっていく。どうしたことだ!?
消えねぇでくれぇ!!!!!! 消えちまったら、さすがのオラも探し出すことは出来ねぇ(泣)」

8.人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう)

なにがなんだかわからなくなります
「不思議なこともあるもんだぁ。苦労して手に入れたものがスッと消えちまう。何かに溶けちまった。世界はまんまるだ。オラも牛も一つだったんだぁ。あれこれ区別しても仕方ねぇ。。。エヴァでそんなシーンあったなぁ、みーんな液体(LCL)になっちまうやつ」

9.返本還源(へんぽんかんげん)

我に帰ります
草原に花が咲き、小鳥がさえずり、ヤギたちが首のベルを鳴らしながら飛んだり跳ねたりしている。アルプスに春の足音が聞こえてきます。

10.入てん垂手(にってんすいしゅ)

ちょっぴり何かがわかります
「オラぁわかったよ。”自分だけのもの”なんてひとつもねぇ。そりゃあ、ぜーんぶ錯覚だ。牛だけにこだわることは、自分にこだわりすぎることだ。自分の持っているものをまずは誰かのために役立てようという心が大切。アタマでわかっていても、なかなか出来ることではねぇけど。これから町に出て、この話をみんなに伝えるべ」

ちょっと解説

禅(禅宗)とは仏教における宗派のカテゴリーです。達磨(ダルマ)が始祖といわれていて、座禅しながら瞑想することをオススメしています。ってざっくりな説明ですね。頭でわかったことを排除するという試み。ただ、瞑想自体は仏教以外にもバラモン教やジャイナ教、さらにはヨガの広告ポスターでも見かけますよね。

瞑想を道具として、他の宗教より深めたのが禅の思想とも言われていて、日本独自の文化に強い影響を与えました。茶道、書道、剣道、弓道とかね。日本人らしさというのは、元を辿れば「禅の染み込んだ生活」とも言えそうです。

近年、瞑想やミニマリストがブームになり始めているのも、日本人がもともと持っている禅気質が背景にあるような気がします。

追記:十牛図について尋ねられて

誰かに質問された時に、改めて自分の解釈を振り返りながら説明すると、新しい発見があったりします。

昨日、姪っ子に十牛図の中に出てくる「牛」が本当の自分というのはどういうこと?と訊かれました。

どうやら「牛=本当の自分」という例えが、姪っ子にはしっくりこなかったようです。本当の自分とは何か? 今ここにいる自分が本当の自分ではないのかということらしいです。

なるほどと思いました。

いい質問だなぁと感心しました。

その時に私が考えたのは、今の自分というのは自己を肯定するための想像した自分ではないかということです。自己肯定感です。

つまり、今の自分というのは願望が混じっていて、こうあるはずだという自分の姿のことです。

「本当の自分」というのは、そうではありません。「本当の自分」というのは、いい面ばかりではないはずです。

ズルい考え方をしたり、嫌なことを見ないようにしたり、自分より下だと思う人間を見つけて安心したりという汚い部分も併せ持ったのが「本当の自分」です。

それを見つめていく過程が十牛図には描かれているんだと説明しました。「本当の自分」を見たら、私たちはゾッとすると思いませんか。

だから「本当の自分=牛」は普段見えないところにいて、捕まえようとしても暴れるのです。

本当の自分というのは汚い部分もたくさんあり、受け入れがたいものだからです。

本当の自分を探そうとする決意というのは、自分の弱点をハッキリとした意識を持って受け入れることなのではないかなと思いました。

十牛図、奥が深いです。

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“おやゆび文鳥”

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