新劇場版「破」までのヱヴァンゲリヲンファンだけど、月にロンギヌスの槍は刺して欲しくない。理由は3つ。

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新劇場版「破」までのヱヴァンゲリヲンファンだけど、月にロンギヌスの槍は刺して欲しくない。理由は3つ。

最初はギャグで言っているのかと思ったら、どうやら本当に月にアニメで使ったおもちゃを刺したいらしい。さすがにこれは駄目だなと思いました。私は反対です。リンクは設置しません。興味のある方は検索して探してみてください。すぐにヒットするはずです。

プロジェクト名は ロンギヌスの槍を月に刺すプロジェクト

ちなみに、月に刺される予定の槍は長さ24cm、重さ30gのチタン合金で製造することを検討中とのこと。あのリリスの躯体を貫いたロンギヌスの槍がたったの24cm。ちょっと大きなハサミと同じくらいの長さじゃないですか。本当にヱヴァンゲリヲン好きなんですか?

1.宗教的な観点から

ロンギヌスの槍って何だか知ってますか?イエスの死を確認するために槍を刺したローマ兵の名前からとったものです。実際にイエスに槍を刺した人物がいたかどうかについてはわかっていませんが、聖書にそれが記されている以上、宗教的に非常に重要な意味を持っています。これは日本人が考えている以上のものでしょう。

ヱヴァンゲリヲンは福音(Evangelion)の意。ギリシャ語 に由来する言葉でこれを英語に直訳すると、good news となるそうです。このアニメ作品自体が宗教的な用語を多用し独自解釈をしています。これはこれで表現の自由なんですが、これを現実の世界に適用しようとする安直さが嫌です。

ドイツにホームステイした時に、エヴァンゲリオンアーベントというのがありました。福音書の夕べという意味だと思います。夕食後にロウソクに火を灯し聖書の一節を読んでいました。近くには聖杯伝説にまつわる地名の付いた水汲み場もありました。

当時、ドイツの子供たちの間でも新世紀ヱヴァンゲリヲンのコミックは読まれていましたが、その両親が言うにはやはり許容できるものではないということでした。ちなみに、ディズニーのミッキー、マイケルジャクソンのマイケルも大天使ミカエルがその由来です。新世紀ヱヴァンゲリヲンで使用されている宗教用語の多くが彼らの生活に根ざしていることは間違いありません。

ロンギヌスの槍を本物の月に刺すという行為は、多くのキリスト教徒の方が嫌悪する行為だと思います。こういう時こそ、日本人のお家芸である『空気を読んで』欲しいです。宗教問題が絡んだ恐ろしさを日本人もやっと認識し始めたこの時期に、やるんですか?本当に?

2.作中の中でこそ意味を持つ新世紀ヱヴァンゲリヲンのロンギヌスの槍

新世紀ヱヴァンゲリヲンのロンギヌスの槍は作品の中でこそ意味を持つものです。現実の世界でそれを実現しようとすれば、それは『ただの広告であり商品』です。

エヴァンゲリオン初号機は現実の世界には実在しません。つまり、実際の月に刺そうとしている新世紀ヱヴァンゲリヲンのロンギヌスの槍もやはりおもちゃです。本物ではありません。作中の中で出てくるNERV本部地下のリリスに刺されたロンギヌスの槍が本物です。『おもちゃの槍』を『本物の月』に刺すことに意味があるんでしょうか?

3.アニメはやっぱり子供のもの

私ももういい大人ですが、新劇場版「破」は映画館で3回鑑賞しました。もう一方で思うのが、アニメが大人のものになり始めてからどうも何かがおかしいということ。アニメを嗜好する源泉はやっぱり神話,伝説,昔話だと思うんですが、これは一重に子供が社会に出て行く前の心の準備運動として機能していたと思います。エヴァンゲリオンも宗教用語をベースとして話を構成しているので、やはり源泉は同じ。神話,伝説,昔話は何か感情を高揚させる『効果』があるんでしょう。

大人がアニメを握りしめて離さないようになると、少し話がおかしくなる。どうしてでしょうか? 大人は子供よりもたくさんの『お金』を持っているからです。大人が直接お金をアニメに注ぎ込むようになると、局所的にたくさんお金を使うようになりますよね。大人向けのアニメ関連グッズももう珍しくもなんともありません。今回の企画もひとつの象徴的な出来事だと思います。

大人がアニメを鑑賞する行為はもうすっかり市民権を得ました。ただ、ミヒャエル・エンデのはてしない物語でいうところの子供達のファンタジーの国=ファンタジーエンの所有権が、お金によって子供から大人に移譲されようとしているような気がしないでもありません。

頭のどこかで、アニメはやっぱり子供のものという気持ちを持っておいた方がいいのかなと考えさせられた内容でした。

現代の子供たちはアニメという神話の中に生きているんです。








“おやゆび文鳥”

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