三日坊主というリミッター

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三日坊主というリミッター

みなさんこんにちは、三日坊主研究家のYoriitoです。

物事を続けるとことの難しさは、古来より人類共通の悩みであるといっても過言じゃないと思います。続ける事で必ず前に進むことが出来るのにどうしても出来ない、どうしても動いてくれない。錆びた巨大ロボットのコックピットの中に取り残された小さな主人公。

このブログでも三日坊主を敵視する立場でいくつか記事を投稿してきましたが、今日はこの三日坊主を肯定的に捉えてみようという試みです。

不思議なんですよ、三日坊主って。不思議だと思いませんか? 勉強も禁煙もダイエットも簡単に長続きません。前に進もうと躍起になっても、三日坊主に行く手を阻まれます。ありとあらゆる手段を使って続けようとする気持ちを挫こうとするんですよ。
 

確かな継続力は人生を変えてくれるでしょう。意志を思いのままに操り、コレと決めたものを何十年もひたすら継続する力はもちろん賞賛に値する行為ですが、高慢さという罠と常に背中合わせです。

また、間違った方向の努力というのは、時として恐ろしい人生の悲劇を引き起こします。努力だけが賞賛される危険性をちゃんと認識しないといけないのではないかと思います。実らない努力というのも確かに存在するのです。

努力は人生を変える力です。新しい世界への出口です。三日坊主はその出口に立っている門番のような気がしてなりません。彼らは常にこう言うでしょう。

「この出口の先にある変化に君はきっと耐えられないだろう、だからここは道を引き返しなさい」

三日坊主はそう自分に勧めて来る人生の門番のような存在です。人は擦り切れる生き物です。暴勇は時として人生を滅ぼします。意志の向ける方向で人生は大きく左右されます。

三日坊主と出会った時にここから先の世界は全く違う、君にはとても耐えられないと言われた時に、引き返せと言われたら自分はどう返答するだろうか、そこが大切なような気がします。

飛び込んでみろっ!なんて口が裂けても言えません。後悔は先に立たないのです。時として引き返して別の出口を探し直すことも私は勇気だと思っています。

火事場の馬鹿力が常に出ないのは、脳が筋肉にリミッターをかけているからです。物事が簡単に継続出来ないようになっているのは、人生が早い段階で擦り切れないためのリミッターなのかもしれません。

残り時間なんてそんな気にしなくていいんですよ。気にしなくても勝手に無くなってくれますから。








“おやゆび文鳥”

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